大判例

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大津地方裁判所 平成7年(ヨ)47号 決定 1996年2月15日

債権者

園城寺(X)

右代表者代表役員

福家俊明

右訴訟代理人弁護士

脇田眞憲

冨永敏文

債務者

京都市(Y)

右代表者市長職務代理者助役

薦田守弘

右訴訟代理人弁護士

勝山勉

長澤正範

理由

第三 当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、以下の事実が認められる。

1  債権者は、園城寺として知られる天台寺門宗の寺院であり、昭和二七年六月一〇日に、宗教法人法に基づく宗教法人となった(以下、宗教法人法に基づく法人格を取得する以前の園城寺と債権者をともに「債権者」という。)。

2  別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、従来より債権者の境内地であったが、明治八年六月の第二次上知令によって国有地に編入された。債権者は、本件土地を、国有財産法に基づき国から無償で借受け、「十八明神社」、「旧観音堂庫裏・客殿」、「墓地」の敷地などとして利用していた。

3  第一琵琶湖疏水設置の経緯

(一)  明治一七年五月五日、京都府知事北垣國道が、「琵琶湖水ヲ京都へ疎通スル事業起功ノ儀ニ付伺」と題する書面を、内務卿、大蔵卿、農商務卿あてに提出し、「琵琶湖水ヲ京都ニ疎通スルノ土功ヲ起シ其水利ヲ上下京区の共用トスル事」、「川床及堤防敷地並ニ付属地官有ニ係ルモノハ無借地料貸渡ノ事」などについて、政府に許可を求めた。これに対し、政府は、明治一八年一月二九日、内務卿名で、「書面之趣聞届候事 但大阪府下ニ要スル予防工費拾万参千九百弐円、滋賀県下ニ要スル予防工費弐万六千五百九拾八円ハ追テ起工ノ期ニ至リ其ノ府ヨリ該府県ヘ交付スヘシ」という内容の疏水工事起工の許可を、京都府知事に対して下した(〔証拠略〕)。

(二)  右許可に基づいて、別紙図面表示の青線で表示される部分に水利用のための疏水施設(以下「第一疏水」という。)の設置工事が行われ、明治二三年四月に右工事は竣工した(なお、京都府上京区、同下京区は、明治二二年四月の市制実施に伴い京都市となり、第一疏水工事は、京都府から京都市に引き継がれた。)。第一疏水の一部は、本件土地の地下部分を通っている。

4  第二琵琶湖疏水設置の経緯

(一)  明治三九年四月四日、別紙図面表示の赤線で表示される部分に水利用のための疏水施設(以下「第二疏水」という。)を開鑿するについて、当時の京都府知事大森鏡一、同滋賀県知事鈴木定直は連名で、許可命令書を債務者に対して交付した。

(二)  明治四〇年三月二一日、債権者の住職である眞林敬圓は、「本月十八日付京都市第二琵琶湖疏水工事水路中当寺院境内地表下ニ於テ水道開鑿ノ義ニ付御申出之件当寺ニ於テ承認候也」という内容の文書を、債務者に対して交付した(〔証拠略〕)。

(三)  債務者は、滋賀県知事に対し、明治四一年三月二六日、第二疏水開鑿工事につき債権者の境内地の地表下にトンネルを開鑿して使用することの許可を求めたところ、同年七月九日、滋賀県知事は、債権者の境内地をトンネルの敷地として使用することを許可するとともに、右許可にあたって、<1> 使用を許可する位置は債権者境内地のうち一二四八坪であって、願書添付の図面に記載された区域であること、<2> 使用の目的は水路開鑿の為に限られ、他の目的の為に使用することはできないこと、<3> 使用期限は無期限とすることなどを条件とした命令書を交付した。

(四)  第二疏水の工事は、明治四一年一〇月に着工し、明治四五年三月に竣工した。第二疏水は、京都市内(蹴上)において第一疏水と合流している。また、第二疏水の一部は、債権者の境内地の地下部分を通っている。

5  昭和八年一月二〇日、京都府知事及び滋賀県知事の命令により、第一疏水と第二疏水を一体として取り扱い、その取水量を合計した水量のうち、発電、上下水道、防火の用に供される水量の割合が定められた。

6  債務者は、第一疏水及び第二疏水の完成以来、これら疏水施設を行政財産として所有、管理し、現在に至っている。ただし、昭和二七年に設置された第一疏水揚水機場は国(建設省)の直轄施設として、国が、管理、運用している。

琵琶湖疏水の水は、水道用水をはじめ工業用水、灌漑用水、発電用水などに使用されており、京都市の水道用水のほとんどは、琵琶湖疏水から取水される水によってまかなわれている。

7  債権者は、昭和二七年一二月一二日に、本件土地を国から譲与されてその所有権を取得し、昭和二九年一一月二五日に右譲与を原因として国(大蔵省)から本件土地の所有権移転登記を経由した(〔証拠略〕)。

8  琵琶湖第二疏水連絡トンネル建設工事の計画

(一)  昭和四七年から始まった琵琶湖総合開発計画の一環として、水資源開発公団及び建設省が事業主体となって「琵琶湖開発事業」が進められている。この事業が実施されると琵琶湖の水位はマイナス一・五メートルまで下がり、琵琶湖疏水の取水量が大幅に減少すると予測される(第二疏水については、現行取水量の二分の一)。そこで、疏水の現在の取水量を維持して京都市の水道用水等を確保する対策を立てる必要が生じた。第一疏水については、平成元年から同三年にかけて、水資源開発公団の補償により、国(建設省)の直轄施設である第一疏水揚水機場が改築され、ポンプアップ方式によって、取水量の維持、確保が図られた。

(二)  債務者は、第二疏水の取水量の維持・確保のために、琵琶湖第二疏水連絡トンネル(以下、「本件疏水連絡トンネル」という。)を第一疏水の直下二〇メートルの位置に設置し、自然流下方式で取水することを計画した。債務者は、平成三年三月一五日に、建設省の関与の下、水資源開発公団との間で、自然流下方式による工事を前提とする「琵琶湖第二疏水の補償に関する協定書」を取り交わした。

(三)  本件疏水連絡トンネル建設工事(以下、「本件工事」という。)の工事概要は、以下のとおりである(〔証拠略〕)

(事業概要)

琵琶湖総合開発事業に伴い、琵琶湖の水位が低下した場合、現在使用している第二疏水の取水機能に支障が生ずるため、建設省及び水資源公団との補償協議に基づき、第二疏水施設の機能の回復を図るための対策工事として、水位低下時においても第二疏水と合わせて従来どおりの自然落下で最大取水量毎秒一五・三立方メートルの取水量が確保できるように、大津市観音寺地先から京都市山科区安朱地先間に連絡トンネル(長さ約四五〇〇メートル)の建設事業を京都市水道局が施工する。

(連絡トンネルのルート)

第二疏水取水口の下流分岐部から、第一疏水の下(深さ二〇メートル)を西行し、小関越え付近から北西へ向かい、藤尾神社から南西へ振り京都市山科区安朱地先で既設第二疏水と合流する。

(施設)

自然流下方式、鉄筋コンクリート造トンネル。

大津市観音寺の疏水取入口から債権者境界外まで(本件土地を含む。)シールドトンネル(外径四・三メートル)。

債権者境界外以降京都市方向に向かって、本坑山岳トンネル(ナトム工法)。

9  本件工事着工の経緯

(一)  債務者は、平成四年一一月一六日ころから、本件疏水工事場所の周辺住民である大津市長等学区住民への地元説明を行い、平成五年二月六日には、地元説明会を開いた。(〔証拠略〕)

平成五年四月一七日、長等学区自治連合会会長等から京都市長宛に、本件工事をトンネル工事ではなくポンプアップ方式に変更してほしい旨の要望書が提出され(〔証拠略〕)、これを受けて、債務者は、平成五年五月二七日、京都市長名で、本件工事の必要性、地下水・自然環境への配慮、自然流下方式の妥当性及び本件工事への協力を要請する旨の内容を記した京都市長名の文書を各自治会長に送付した(〔証拠略〕)。

債務者は、平成六年九月二二日、長等学区自治連合会、北保町自治会、観音寺町自治会、株式会社鴻池組との間で、シールド工法でトンネル工事を行うことを前提とし、債務者らが事前に井戸(地下水)について調査を行う旨や債務者らが地下水に被害を与えた場合は、その都度当該所有者及び自治会の役員と協議し解決を図るものとする旨などが記載された「第2疏水連絡トンネル建設工事(第二期工事)に伴う基本協定書」(〔証拠略〕)を取り交わした。

(二)  債務者は、債権者に対し、平成七年四月二八日、「工事着工についての通知」と題する書面(〔証拠略〕)を送付した。

(三)  債務者は、平成三年から、債権者境内地以外の場所数カ所でボーリング等による調査を、債権者境内地については、第一疏水トンネルの内部から、弾性波探査による調査を行ったところ、本件工事による地下水への影響はないとの調査結果が出た。

また、債務者は、債権者境内地の外五か所に、観測井を設置し、本件工事中の地下水の変動を記録しているが、本件工事着工以降、少なくとも平成七年八月三一日の時点までは、地下水の水位低下は観測されていない。

(四)  現在、本件工事において、本件土地地下部分のトンネルの掘削が進行中であるが、地域住民から債務者に対して地下水に影響が出ている旨の苦情は申し立てられていない。

二  主要な争点一(債務者による地上権取得の有無)について

1  前記一3で認定した事実によれば、明治一八年一月二九日の内務卿名で下された疏水工事起工の許可は、第一疏水の工事着工に際しての、国による国有地の使用許可であると認められる。

そして、明治三三年四月一六日施行の「地上権ニ関スル法律」一条において、同法施行前から「他人ノ土地ニ於テ工作物又ハ竹木ヲ所有スル為其ノ土地ヲ使用スル者」は地上権者と推定するものとされているところ、債務者は疏水施設という工作物を所有して土地を使用する者であるから、明治一八年一月二九日の使用許可によって債務者のために設定された当時の国有地(本件土地を含む。)の土地使用権は、地上権であると推定される。

2  なお、債権者は、明治一八年になされた国による本件土地の使用許可は、地下部分に限定されたものであって、土地の上下にその効力が及ぶことをその性質とする通常の地上権が、この許可によって設定されたとは考えられないと主張する。

確かに、右許可が下されるまでに、国も関与の上で、疏水の路線計画が綿密に練られていたこと、本件土地の地上には、右許可当時から債権者の寺院建造物等が建っており、疏水の路線計画では、本件土地部分を通る疏水水路は地下に設置されることになっていたことが認められる(〔証拠略〕)。

しかし、明治一八年一月二九日の土地の使用許可は、包括的、概括的なものであり、許可の前提たる起功伺書等を併せ読んでも、本件土地の使用を地下部分に限る旨の文言はなく、「川床及堤防敷地並ニ付属地等官有ニ係ルモノハ無借地料貸渡ノ事」との記載によれば、国有地の使用は疏水水路の敷設される場所そのものに限られず、疏水施設の設置及び使用に必要な周囲の「付属地」についても、使用が許可されていたことが認められる。また、右許可の後にも、トンネルの位置や水路の変更等、いくつかの設計変更が行われており(〔証拠略〕)、国有地の使用許可は、疏水施設の内容や設置場所を厳密に特定した上でなされたわけではなかったと解される。

また、本件土地と同様に当時国有地であった南禅寺の境内地には、地上施設(水路閣)が設置されているのであって(〔証拠略〕)、寺院の境内地として使用されている土地であるからといって、地上に一切疏水施設を設置してはならないという特別な配慮や限定が付されていたとも考えられない。

本件土地を通る疏水施設は、琵琶湖と京都市の土地の高低差、自然流下方式の採用等、地理上、技術上の要請及び本件土地が位置、土質等に鑑み竪坑(シャフト)を設置するのに適当な場所でなかったことなどの事情から、結果として、すべて地下に設置されることになったものの(〔証拠略〕)、前記のとおり様々な設計変更が許されていることからして、工事の推移如何あるいは施設設置後の修理等の必要性如何によっては、本件土地内に竪坑等の地上施設が設置される可能性もなかったわけではないと考えられる(実際、本件土地にそれほど遠くない地点である第一疏水第一トンネルの途中の長等山山中に、換気、採光及び技術上の必要から、第一竪坑が設置されている。〔証拠略〕)。

以上によれば、本件土地の地上に債権者の建物や墓地があることから、債権者の土地使用にできるだけ影響を与えないようにしようという配慮が、第一疏水の工事設計の際になかったとはいえないにしても、明治一八年一月二九日における国(内務卿)による本件土地の使用許可が、土地使用を地下部分のみに限定するものであったとは認められず、債権者の右主張は採ることができない。

3  さらに、債権者は、債権者自身も、建物や墓地を所有するために、国より本件土地を借り受けて使用していたのであり、「他人ノ土地ニ於テ工作物…ヲ所有スル為其ノ土地ヲ使用スル者」として「地上権ニ関スル法律」の施行日である明治三三年四月一六日以降、地上権の推定を受けるのであるから、債務者が地上権の推定を受けることになると、本来排他的物権であるはずの地上権が、債権者と債務者で競合することになってしまい不合理であり、債権者の土地利用権よりも後に設定された債務者のための土地利用権は、使用借権とみるべきであると主張する。

この点、確かに、前記一項2で認定した事実からすれば、債権者も、明治一八年より前から、神社の社殿、寺院の庫裏・客殿等を所有して本件土地を使用しており、「地上権ニ関スル法律」一条の「他人ノ土地ニ於テ工作物…ヲ所有スル為其ノ土地ヲ使用スル者」にあたり、昭和二七年に所有権を取得するまで、本件土地について、地上権を有していたものと推定される。しかし、そもそも地上権が設定された後は、当然に、同じ土地について地上権が設定できなくなるというものではない。一筆の土地について所有者が複数の者のために地上権を設定し、そのために地上権が競合してしまうことは法律上予想されるところであり、このような場合は、民法一七七条の対抗問題として、地上権設定登記を経由することによって、自己の地上権を他に対抗できるものと解すべきである(なお、「地上権ニ関スル法律」二条は、同法によって地上権の推定をうける者について「本法施行ノ日ヨリ一箇年内ニ登記ヲ為スニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス。」と規定している。)。

したがって、債権者が、債務者よりも先に本件土地の使用権限を有しており、その権限が「地上権ニ関スル法律」によって地上権の推定を受けるものであったとしても、債務者が同法によって地上権者の推定を受けることを妨げるものではなく、民法一七七条及び「地上権ニ関スル法律」二条の対抗問題として、債権者及び債務者間の法律関係は判断すべきである。

また、土地の貸主がいつでも借主に返還を求めることができ、土地の所有権が譲渡された場合には新所有者にその土地使用権を対抗することができない等の性質を有する使用借権に基づいて疏水が設置されていると見るのは、<1> 長期使用が当然の前提となる疏水施設の性格、<2> 期間無期限とする明治一八年の許可の内容等に照らして、明らかに不合理である。

右の点に照らしても、債務者の本件土地の使用権限は、土地の上下にその効果が及ぶ通常の地上権であると認めるのが相当であり、債務者が「地上権ニ関スル法律」によって地上権者の推定を受けることを妨げるべき事情は窺われない。

三  主要な争点三(地上権の範囲)について

1  前記のとおり明治一八年に設定された地上権は通常の地上権であって、その支配力は土地の上下に及ぶと考えられる。

したがって、少なくとも、第一疏水のトンネルの上下の土地部分にも、前記の地上権の効力が及んでいるといえるところ、本件連絡トンネルは、第一疏水トンネルの二〇メートル真下に、第一疏水トンネルの幅員よりも狭い幅員で設置されるのであるから、右地上権の支配力が及ぶ範囲内で設置されるものとみることができる。

2  しかも、地上権はへ設定行為によって定められた目的の範囲内において土地を使用する権利であり、工作物が実際に設置された土地自体以外に、工作物の使用に必要なその周囲の土地も、地上権の対象となると考えられる。

本件地上権においては、半永久的・恒常的使用が要請される疏水施設の性格や、期限を無期限とする明治一八年の許可の内容などに鑑みて、許可当時計画されていた疏水施設の設置及び所有に止まらず、設置後の事情により疏水が予定されている機能を果たすことができなくなった場合には、機能保持のための補完施設を、従来の施設の周囲に設置及び所有することも、当然、目的の範囲に含まれているものと解される。

もっとも、本件連絡トンネルは、第一疏水の真下を通るものの、直接的には、第二疏水の取水量を維持することを目的とし、その水路は、先において第二疏水に合流するものである。しかし、<1> 第二疏水は、京都市内において第一疏水と合流し、その上で浄水場に流れ込み、水道水等に利用されていること、<2> 昭和八年一月二〇日の京都府知事及び滋賀県知事の合同命令以降、第一疏水と第二疏水は一体としてその取水量を定めるなどの取り扱いがなされていること、<3> 本件連絡トンネルは、前記第二、一、8で認定したとおり、「琵琶湖総合開発事業」の実施によって、琵琶湖疏水が現状の取水量を維持することが困難になると予想され、京都市における水道水の確保等水利用に重大な支障をきたすおそれがあることから、疏水の現状の取水量を維持するために設置されるものであって、従前の疏水施設と別異の目的で設置される施設ではないことなどに照らせば、本件連絡トンネルは結局は、第一疏水の機能も含めた琵琶湖疏水全体の機能を保全、維持するための補完施設といえる。

したがって、本件連絡トンネルは、従前より設置されている工作物(第一疏水施設)の使用及び維持に必要な「敷地」及び「付属地」に、本件地上権の目的の範囲内で設置されるものといえる。

3  以上から、本件連絡トンネルは、明治一八年一月二九日に設定された前記地上権の範囲内で設置されるものと認められる。

四  主要な争点四(地上権の対抗力―登記の欠缺を主張できない背信的悪意者)について

1  実体上物権変動があった事実を知る者において、右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、かかる背信的悪意者は、登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって、民法一七七条にいう第三者にはあたらず(最高裁判所昭和三一年四月二四日第三小法廷判決民集一〇巻四号四一七頁、同四〇年一二月一二日第三小法廷判決民集一九巻九号二二二一頁、同四二年(オ)第五六四号同四三年八月二日第二小法廷判決、同四三年(オ)第二九五号同四三年一一月一五日第二小法廷判決参照)、「地上権に関する法律」二条にいう第三者にもあたらないものと解すべきである。

2  そこで本件についてみるに、前記認定事実及び疎明資料によれば、以下の事実が認められる。

(一)  第一疏水が本件土地に設置された明治二三年当時、債権者は、本件土地の地上権者として、地表に建物等を所有して土地を利用していたが、本件土地の地下に疏水施設が設置されることを知りながら、表立って反対はしなかった(〔証拠略〕)。

(二)  本件土地に第二疏水の施設が設置されるに先立ち、明治四〇年三月一二日、債権者の住職である眞林敬圓は、第二琵琶湖疏水工事において債権者境内地表下に水道を開鑿することを承認する旨の文書を、債務者に対して交付した。

(三)  債権者は、昭和二七年一二月に、本件土地を国から譲与される際も、本件土地の地下に第一疏水及び第二疏水が設置されており、京都市民の飲料水等を確保するため、債務者がこれら疏水施設を所有して本件土地を使用していることを知悉していたが、そのことに何ら異議を止めず、現状有姿のまま無償で本件土地の所有権を譲り受けている。

(四)  その後、債権者は、本件工事の計画を知らされるまで、四三年間にわたり、債務者が疏水施設を所有して本件土地を使用していることについて、異議を申し立てたことはなかった。

これらの事実によれば、債権者は、単に債務者が本件土地に地上権を有していることを知った上で本件土地の所有権を取得したというに止まらず、債務者のために地上権が設定された当時、本件土地の地下部分を疏水施設の所有のために債務者が使用することを、本件土地の地上を利用している利害関係人として、承諾していたということができる。

なお、債権者は、債務者の疏水施設所有のための土地の使用権限が、「地上権」であるとは知らなかった旨主張するが、債権者は、疏水施設の設置目的、半永久的・恒常的に使用されるという施設の性格や設置の経緯を設置当初から知悉しているのであって、疏水のための土地使用権が、使用借権のように新所有者である債権者が直ちに明渡しを求めることのできる弱い効力の権限であるはずがないことは、当然分かっていたはずである。また、本件土地の所有者になってから賃料を請求するなどしていないことから、賃借権であると考えていなかったことも明らかであり、債権者は、債務者が本件土地について「地上権」を有していることを知っていたと認めるのが相当である。よって、債権者の右主張は採りえない。

3  また、債務者が何故に地上権の登記を経由せずに放置していたのかは、疎明資料上必ずしも明確ではないが、前記で認定した諸般の事情に照らせば、以下の事情が、理由となっているものと推測される。

<1>  本件土地に設置された疏水施設はいずれも、地下のかなり深い地点に設置されており、疏水施設が順調にその機能を発揮している限り、債務者の土地利用と債権者の土地利用が衝突することはなく、債権者の地表の土地使用を排斥する必要がなかった。

<2>  債権者が疏水が本件土地の地下に通ることを当初から反対しておらず、明治四〇年三月二一日には、債権者の住職から、第二琵琶湖疏水工事のため債権者境内地表下に水道を開鑿することを承認する旨の文書まで交付されていることから、債務者としては、債権者から、登記の欠缺を理由に地上権を否定される事態が生じるとはおよそ予想していなかった。

<3>  仮に、債務者が地上権の登記を経て、地上部分も含めて排他的に地上権を取得していれば、第一疏水トンネルの真上の地表に「十八明神社」、「旧観音堂・庫裏」等の建造物を古来より所有している債権者の土地利用権は法律上劣後するはずであったが、国は、昭和二七年に国有地である本件土地を債権者に譲与し、昭和二九年債権者のために所有権移転登記手続をする際、債務者の疏水施設が地下深く設置されていて、債権者の地表における土地利用に影響を与える可能性が少ないにもかかわらず、右のような法的効果が生じる結果になるのは実際上不都合であることに配慮して、債権者が債務者の地上権の登記の欠缺を主張することはありえないことを前提に、債務者の本件土地における土地利用権については特に何らの登記手続をしなかった。

4  以上の事実に照らせば、債権者は、単に債務者が本件土地に地上権を有していることを知りながら本件土地の所有権を取得した者であるというに止まらず、疏水設置当初からの利害関係人として、債務者が疏水施設のために本件土地の地下を使用することは承諾していたものであり、かつ、債務者が京都市民の飲料水等を確保する目的で古く明治時代から疏水施設の設置及び使用のために地上権の設定を受けている事実を知悉し、右地上権の負担付きの土地であることを了解の上本件土地を無償で譲り受けたものと認められる。また、前記のとおり、このような債権者の態度及び債権者の立場に鑑みて、債務者が地上権の登記を経なかったという事情も推測されるところである。

以上からすれば、債権者が、債務者に対して地上権の登記の欠缺を主張することは信義に反するものといわざるをえず、債権者は右登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する者とはいえない。

そうであるとすると、債務者は、本件工事が地上権に基づくものであることを、債権者に対して対抗できる。債務者が債権者に対抗できる土地使用権を有していないとして所有権に基づく妨害予防請求権を被保全権利として申し立てられた本件工事禁止の仮処分の申立ては、結局、被保全権利について疎明がないというべきである。

五  よって、本件申立てを失当として却下することとし、申立費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鏑木重明 裁判官 森木田邦裕 山下美和子)

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